第一章 「可能性」

これは、麻雀に明け暮れた青年達の友情と絆の物語…

ここは雀荘「鍵の音」。ここの常連達で、麻雀サークル、「雀Key会」を形成している。尚、鬼の人とは一切関係ない。私はこの常連の一人で、いわば裏メンバーである。通称ネオ=マータ、略してネマタ。名前はまだない。今日もこの雀荘で、色んな出来事が起こるのであろう。

「ロン!メンピン一発赤赤…裏も乗ってインパチの4枚!ラスト!」

「えー。ちょっと待ってよー。」

悲鳴を上げているのは客として来ている私の友人だ。仮に友人Tとしよう。Tはこの町の開業医の息子である。当然、家はお金持ちだ。彼の口座には多額のお金が毎月振り込まれているのは容易に想像がつく。その金に今ハイエナ共が集っているということだ。つまりTはから振り込んでもらったお金をに振り込んでいるのだ。なかなかできない芸当ではないか。素晴らしい。

悪いとは思わない。Tは親の税金対策だと言って、外食等お金を使う際は必ず領収書を貰うようにしているくらいだ。金持ちが節税などするものではない。金持ちがお金をどんどん還元してこそ日本経済の活性化にもつながるというものだ。

彼は実に半端な人間だ。親の後を継ぐために医学校を志すも二浪中である。麻雀も一向にうまくならない。私が、「ここはこれを切るしかない」などと言うと、「一概には言えない」「決め付けは良くない」「もっとあらゆる可能性を追求すべき」などと返してくる。実に凡人の言いそうな発言である。私の母も、「彼のように謙虚で何事も受け入れられる、もっと心温かき人になりなさい」などと言ってくる。ちなみに、間違っていることを間違っていると決め付けることは悪くないし、悪いことまで受け入れてしまうのは間違っているはずだ。

次でラス半のようだ。丁度他に卓が立っていなかったので、私は、「あらゆる可能性を追求する」という彼の闘牌ぶりを観戦することにした。

二三四四六八(2)(3)(4)23r5白白 ドラ(9)

トンパツの起親の中盤でなかなかの1シャンテン。迷うところであるがこれはr5でいいだろう。祝儀比率の高いルールであれば2もありだろうか。八切りはやや中途半端に見える。

然し彼は可能性の男だ。彼がここから手をかけたのは…     白である。

「これならロスは白の2枚だけ。」
「タンヤオや平和もみえる。」
「他にも色々受けられて柔軟性が高い。」

そりゃあ。シャンテン落としたら受け入れは増えるに決まっとるがな!思わず飲んでいた烏龍茶ふきそうになってしまったがな!

「若い時は無限の可能性がある」 ガキの頃大人達から散々聞かされてきた言葉だ。無限の可能性という甘美な響きについつい乗せられて使ってしまうのであろう。だが、可能性はあくまで可能性でしかないのだ。

当会の会長は、若くして両親を亡くし、独りで生計を立てなくてはならなくなった。そして裏プロの世界に足を踏み入れていったのである。

「俺には可能性などなかった。食うために勝たねばならなかったのだから。そしてこれからも可能性などない。俺はこの道でしか生きられないどうしようもない男だから。だがこれだけは言える。俺はこの世界に関してだけは、誰にも引けをとるつもりはない。」

無限の可能性などより、たった一つの、現存する人並み外れた能力や実績のほうが遥かに尊い…世の大人達はそれを持たぬが故か、誰も教えることがなかった。私が会長の言葉に感銘を受け、ここに通うようになる契機となったことは言うまでもないだろう。

さて、色々あったようだがオーラスである。彼は色々としくじりながらも3着目で、満貫でトップである。ラス目は親である。ここで、彼には無限の可能性が見える手が、親にはそんな可能性が微塵も感じられない手が入る。

一三六(2)(4)(9)147東西北白 ドラ:(5)

予め断っておく、13枚だ。親の配牌ではない。これは、面子手、七対、国士いずれも6シャンテンであり、何を引いても5シャンテンになる。まさに、何でも受け入れられる、無限の可能性を秘めた好手…

なわけねえだろ! こんな配牌、私ですら腹立たしいわい!

「何じゃこれは。もうこうするしかないではないか。」…ラス親はそう呟いた。そして次の瞬間。

牌を横に曲げた。

ざんねん!私は本当に烏龍茶をふいてしまった!

 

今回の雀key会語録「心温かきは煩悩なり」

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