第八章 「トランプ前編」

前回書いたように、雀Key会のメンバーは麻雀以外のゲームもよくやる。特に多いのがトランプ遊びである。麻雀と違って五人以上でもできるので、抜け番になる人が出ずに済む、遊び方のバリエーションが豊富というのが特に遊ばれる理由である。トランプと言えば皆で集まってわいわい楽しくやるものというのが相場であろう。然し、ただわいわいやればいいなどとは決して考えないのが雀Keyのメンバーである。そんな連中が集まった結果として、遊び場は魂と魂がぶつかり合う戦場と化すのである。

例えば大富豪、皆でわいわい楽しむ程度のレベルであれば、精々ジョーカーや2が何枚出たかを覚えるくらいしかやらないだろう。だが我々クラスとなると絵札までは最低覚えておかないと太刀打ちできず、手順ミスが即敗北につながる非常にシビアなゲームへと様変わりする。一時期、「大富豪何切る問題」を自ら作成するほどはまっていたが、これについて語りだすと冗長かつマニアックな話になるので割愛。今回は他のトランプ遊びをしている時に起こった、特に印象深かった出来事について書くことにする。

その1 ババ抜き

ババ抜きは基本的に何の戦略性もないただの運ゲーである。だから余り行われないのだが、たまには何も考えずにできるゲームをやりたくなることもある。長時間麻雀に打ち込んで疲れている時なんかは特にそうだ。その日も丁度そんな気分であった。いつもと変わらずトランプに興じるメンバー達。ただその日は一つだけいつもと違ったのは、五人(、T、どら、天野、真琴)に加え珍しく会長もゲームに参加しているということであった。

何ゲームかした頃に、どらが一旦休憩しようと言い出した、かくしてゲームは一時中断。どらは私達を集めて、こう話を切り出した。

ど「おい、何か異変を感じないか」

私「何のことだ?」

ど「会長の手札だけ毎回異様に少なくね?」

私「…そういえば。。」

思い出してみる。会長は未だに一度も負けがない。半分くらいはトップ通過、そして四枚より多く手札を持っていた覚えがない。というか、カードを配っているのは会長である。

今でこそ全自動卓が普及しているが、会長の裏プロ時代は当然雀荘も手積みであった。ゲームとしての技術を磨くことよりも、イカサマの技術を磨くことが重要視された時代。会長は、「牌の魔術師」の異名を持つ玄人バイニンであった。一線を退いた今でも会長の牌捌きは見入ってしまうほど鮮やかだ。136枚の牌を自由自在に操ることのできる会長にとって、たった53枚のトランプを扱うことなどいとも簡単なことに違いない。

T「でも、会長のイカサマを見破るなんて僕たちには無理だと思うよ」

私「まあそうだろうな」

ど「山札を切って配るまで、全部俺たちだけでやるくらいしかないだろうな」

天「それでは面白くありません。何事も面白くが雀Key会のモットーです。ここは敢えて、目には目を、イカサマにはイカサマをでどうでしょうか」

ま「あうう。会長相手にそんなこと出来るわけないじゃない!言ってることが無茶苦茶よぅ!」

確かに、天野はたまに突然変なことを言い出したりする。然し奴ほど冷静な人間もそういない。今回も何か案があってのことなのだろう。

天「一つ作戦を思いつきました」

…やはり案はあるらしい。自然と皆静かになって天野の話に耳を傾ける。

天「そんなに難しいことではありません。通しを使って会長の右隣の人にババを集めるのです、確実とは言えませんが」

…何と、そんな方法があったとは。私も方法を少し考えてはみたが、会長に特定のカードを意図的に引かせることが不可能な以上どうやっても無理と結論づけてしまった。やはり天野の分析能力には驚かされる。

と、いうわけで、五人は通しの練習をすることとなった、とは言っても実に簡単なものである。ババを持っている場合はババを少し上にずらしてカードを持つだけである。通常の通しと違い、ババの位置さえ判ればよいというのもこの作戦の優秀なところだ、ババを引かされるとすぐに表情に出るTや真琴が通しの最中に不自然な動作をしてしまわないかと少し不安になったが、どうやらその心配もなさそうだ。…さあ、ゲームを再開しよう。

改めて席決めをする。会長の右隣に座るのはT。おおTよすまない。お前の犠牲は決して無駄にはしないぞ!私は会長の左、そこから時計回りにどら、天野、真琴の順で並ぶ。

さて、ババは誰が持っているだろうか。おや?誰もババを持っているという合図を出さない。ということはババの持ち主は会長であるようだ。意外である、ババを敢えて避けるというようなことはやってないのだろう。だが会長の手札は相変わらず少なく残り三枚である。…案の定会長から一発目に掴まされた。私は合図を送る―ミッションスタート!

次から次へと流れるように渡っていくババ、間もなくTの手札に移る。そのカードの動きは一種の美しささえ感じさせる。とりあえず作戦は順調にいったようだ、だがまだ問題は残る、結局Tが会長にババをうまく引かせることができなければ、会長が時期にあがってしまうということである。このミッションばかりは完全に運否天賦である。

然し何とTは一発で会長にババを引かせることに成功した。でかしたぞ! もう会長のハンドのどれがババか判っているからもうババを引く心配はない、会長の手持ちは少ないから、少々並び替えをされても判別つく。判別がつかないほどに並び替えをされれば話は別だが、まだ全員残っているのにそんな不自然な並び替えをしたら全員にババを持っていることがばれるので損である(だからババ抜きをするときは、手の内に関わらず常に並び替えの作業を続けることをお勧めする)。

こうして残りのメンバーは次々とあがり、残ったのはTと会長の二人だけとなった、最後のミッション、会長とサシ勝負である。心理戦にも長けている会長にTが勝つのは困難と思われたが、何とここでもTが連続で数字を引き当てて勝利する。会長が参ったなあという顔をしている。ミッションコンプリート!

会長「いやあ。初めてラスを引かされたよ、然し珍しいことも起こるもんだな」

私「確かに会長がラスとは珍しいですね」

会長「いや、そのことじゃないんだ。最初私がババを持っていたんだが、それを一発目に君が持っていった、ところが次にT君からカードを引いたら、何と出ていった筈のババがまた戻ってきたというのだ。その巡目に全員が全員相手の手札からババを引いたというわけだ。これは天文学的確率だ!」

私「あ」

会長「いやいや、実に愉快なことだ。ではこの辺で私は帰らせていただくよ」

一見うまくいったように見えたが、まだまだ我々は甘かった。会長は確実に気づいている、否、気づいているというレベルではない。最初の会長の手札にババがあったのは何故か。それはババが一巡で一周するという天文学的確率な事象を引き起こさせて、こちらが確かに策を使っていることを確認するためにわざと会長が自分の手の内に仕込んだのだ。イカサマを使う前から会長には全てお見通しだったのである。何とも恐るべき人だと、私は改めて痛感するのであった。。

inserted by FC2 system